排水処理プロセスにおける連続pH測定技術の革新

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Abstract

本研究では, 排水処理プロセスの効率化と安定的なpH管理を目指し, 「無補充式セルフクリーニングpH電極(SC電極)」を開発した。SC電極は光触媒技術(多孔質酸化チタン)とUV-LED内蔵技術を採用し, 防汚性能を向上させた。工場廃水のpH測定では有機化合物や微生物による汚れの付着や液絡部の目詰まりが問題であり, 頻繁なメンテナンスが必要だったが, SC電極はこれを解決する。従来の電極が1カ月ごとに洗浄が必要なのに対し, SC電極は16カ月以上清浄を維持し, 95%以上の感度を保つ。また, 最大約99%のメンテナンス工数削減を達成した。本製品は, 排水処理設備や下水処理場でのpH管理の信頼性向上と作業負荷軽減, 人手不足の問題解決に貢献する。HORIBAグループの水計測技術を活用し, 幅広い施設での有用性が期待される。


西尾 友志
堀場アドバンスドテクノ
開発本部 先端技術開発部
シニアマイスター

 


髙味 拓永
堀場アドバンスドテクノ
開発本部 先端技術開発部
Core Sensing チーム

 

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はじめに

日々の暮らしやあらゆる産業活動によって排出される汚水は,川や海の水環境を守るために廃水処理をしたうえで河川に戻される.この汚水を浄化するプロセスを効率化するためには,pHの管理が必要不可欠であり,一般の工場の廃水処理施設や下水処理場では,多くの場所でpH測定と制御がなされている.それらの廃水の微生物処理槽や返送汚泥槽では,油分や汚泥,微生物などの高濃度の有機物が含まれる.そのため前述のサンプルへpH電極が長期間浸漬されると,経時的に汚れが付着し,安定した測定が困難となる.電極に付着した汚れに対する代表的な対処法は,作業者の手によるふき取り洗浄であり,作業者へのメンテナンス負荷や安全上のリスクが大きいという問題があった.電極用洗浄機を設置する場合は,工事や設置など初期投資が必要であるほか,設置場所の問題もあった.
一方、近年の工業用pH電極では,世間一般的に完成されたものだと思われていることもあり,pH電極に関する研究開発が少なく,課題が未解決のままになっている.そこで著者らは,pH電極の汚れ問題に対し,光触媒効果(光誘起親水性、光分解)を利用した自己洗浄機能を有するUV-LED内蔵型のpH電極を作製した。またその比較電極には内部液にKCl顆粒を内包し,紫外線透過性が高い非水溶性ゲルを採用した.また液絡には目詰まりを無くすために貫通口(オープンジャンクション)を採用した.SC電極の基本性能を評価した結果,酸化チタン(TiO2)でコーティングされているにも関わらず,現行製品とほぼ同等の性能を有した.さらにフィールド試験を実施した結果,生活排水の微生物処理槽や返送汚泥槽での有機汚れを生じる現場において表面清浄と電極性能を維持し,メンテナンス周期や校正周期を大幅に延長できる結果が得られた.本報ではこれらのメンテナンス負荷の課題解決に貢献できる自己洗浄型のpH電極を製品開発したので報告する.

 

電極の設計と評価

Figure 1は、今回作製した光触媒効果(光誘起親水性、光分解)を利用した自己洗浄機能を有するUV-LED内蔵型の電極の写真である.具体的には,pH応答ガラス膜と液絡周囲にTiO2をコーティングし,電極内部からUV光を照射する構造である.本電極は,ゾル-ゲル法によりTiO2をpH応答ガラス及び液絡部を含む先端から約30 mmまでをコーティングした,酸化チタンは絶縁体であるため完全にpH応答ガラスを覆ってしまうと応答しなくなってしまう.ゾル-ゲル法を用いた理由は、多孔性にできることや膜厚のコントロールが容易なためである [1-3].表面のTiO2確認はXRD(リガク製,Smart Lab)を用い,膜厚の測定は分光エリプソメータ(堀場製作所製,UVISEL2)を用いた.比較電極の内部液は,UV吸収が少ない透明な非水溶性のゲルを採用し,KCl溶液補充の手間を無くした[4].また液絡部は,汚れの影響を受けにくいオープンジャンクションとした[5,6].作製した電極の基本性能は,pH標準液を用いて電位を測定し,不斉電位,感度,液間電位について評価した.


Figure 1  Picture of self-cleaning electrode 6122SA. Reprinted with permission from Reference 7.

 

Figure 2に電極のセルフクリーニング機能の概略図を示す.電極の機構は次の通りである.pH応答ガラス膜の表面は,多孔質TiO2でコーティングされている.UV光は,pH応答性ガラス膜を通過し,TiO2を照射する.活性化されたTiO2は,それぞれ酸素(O2)および水(H2O)からスーパーオキシドラジカルアニオン(O2・ - )およびヒドロキシルラジカル(OH・)を形成する.これらの活性種は,有機物を分解する.ビルなどの外壁にも採用されているが,光触媒の光誘起親水効果によって汚れを流し落とす効果もある.水素イオンは,TiO2の多孔質膜を通過し,pH応答ガラス膜に到達する.


Figure 2  Schematic diagram of self-cleaning function. The rights to this illustration belong to HORIBA Advanced Techno, Co., Ltd.

 

 Figure 3は,今回のフィールド試験における代表的なpH計から電極までの接続方法を示したものである.従来では,変換機に電極ケーブルを接続するのみであったが,セルフクリーニングpH電極の場合は,UV-LEDを点灯させなければならないため,定電流発生源付き中継ボックスが必要である.フィールド試験は,有機物汚れに悩む生活排水の微生物処理槽と機械メーカー工場排水の返送汚泥槽へ電極を連続浸漬させて,その防汚効果を確認した.



Figure 3  Schematic diagram of on-site installation (Immersion type). The rights to this illustration belong to HORIBA Advanced Techno, Co., Ltd.

 

結果と考察

はじめに光触媒であるTiO2が目的通りに形成されているかを確認した.市販のガラス板を用いてゾル・ゲル法によってTiO2をコーティングした。その表面のXRD測定結果をFigure 4に示す.ルチル型とアナタース型の回折パターンが観察された.アナタース型TiO2は,388 nmよりも短い波長で光触媒として活性化することが報告されており,目的の光触媒が形成されていることが確認できた.次に分光エリプソメータを用いて支持管のTiO2の膜厚測定を行った.測定箇所は支持管の液絡部貫通口の反対側とした.その結果をTable 1に示す.表のラフネス層は,TiO2 : Void=50 : 50のラフネス層とした.これらの合計値での平均値は29.14 nmであった.電極のTiO2コーティング部は,応答性ガラス膜のSiO2成分が多いため,支持管内部から発光した紫外線がpH応答ガラス膜を通り,外側のTiO2コーティング膜へ照射される.紫外線照度計(ケニス製,YK-35UV)を用いて紫外線強度を測定したところ,紫外線照度は,液絡部近傍で約2.0 mWcm-2を示した.


Figure 4  XRD Pattern of TiO2 Coated Glass. Reprinted with permission from Reference 1. Copyright 2018 EICA.

 

Table 1  Measurement of TiO2 film thickness on stem tube using ellipsometer. Reprinted with permission from Reference 8. Copyright 2024 Bunseki Kagaku.

 

次にFigure 1の複合電極の状態まで電極を8本組み立て,基本性能評価を行った.その結果をTable 2に示す.Table 2より,著者らが作製したSC複合電極は,pH 4.01とpH 9.18間で約96 %以上と理論感度とほぼ同じ応答を示した.不斉電位の校正可能範囲が±90 mVであることや,ゲルタイプの内部液は一般に液間電位が生じやすいが,今回の電極の液間電位は約6 mV(pHで0.1相当)以内であった.これらの結果は,市販の製品と差違なく,実用上問題ない範囲であった.
これらの電極を用いてフィールド試験を20カ所以上行った.そのうち某生活排水の微生物処理槽(曝気槽)での結果と報告する.この現場は微生物や汚泥の付着が激しい現場であり,1カ月に1度は手洗浄が必要な現場である.その現場にて 16か月間実装試験を行ったときの電極の状態をFigure 5に示す.UV-LEDへの電流量は,通常の100 mAの設定にて試験を行った.試験開始は12月であり,夏場の7月~9月で若干の汚れの付着が見られた,その他の期間ではSC電極は,ガラス膜及び液絡部周辺に汚れの付着が見られず清浄を維持した.2~3か月毎に電極の性能確認を行った.その際のpH標準液による※2式のネルンスト式より求めた感度の経時変化をFigure 6に示す. 約6か月から9か月の夏場では,感度が80 %程度へ低下が見られたが,その他の期間では95 %以上を示した.これはFigure 5で示した通り,夏場に若干汚れが付着したことが原因と考えられる.夏場の微生物の活性が高い場合には,分解速度が汚れの速度に追い付いていないことが考えられ,電流量を増やすことが望ましいと思われる.

 

Table 2  Standard property of the SC pH electrodes. (n=8) Reprinted with permission from Reference 8. Copyright 2024 Bunseki Kagaku.

*1 Asymmetry Potential
*2 Sensitivity was calculated by the following formula.

 




EaとEbは,比較電極を基準として生じたそれぞれの測定液a, bの起電力であり,Rは気体定数8.3145 J(K·mol)-1,Tは絶対温度(K),Fはファラデー定数 96485 Cmol-1である.
*3 Liquid junction potential was calculated by the following formula.
    Liquid junction potential(mV)=(Potential in each standard solution / mV)-(Potential in 3.33 mol L-1 KCl solution / mV)

 


Figure 5  Photos of the change over time of the SC electrode in the microbial treatment tank : a) 5 months : b) 7 months : c) 9 months : d) 12 months : e) 14 months : f) 16 months. Reprinted with permission from Reference 8. Copyright 2024 Bunseki Kagaku.

 

この16か月の期間において各標準液における液間電位は,±3 mV以内を維持し,液絡部の詰まりは生じなかった.KClの顆粒は徐々に減少したが,16カ月後も顆粒が残っており,基準電位(3.33 mol L-1 KCl溶液における堀場アドバンスドテクノ製,#2565:Ag/AgCl電極 と SC電極の比較電極の電位差)は3 mV以下を維持した.これらの結果より,メンテナンス周期や校正周期が延長できる可能性が示唆された.また比較電極の寿命や性能に関しても16カ月以上維持できることを確認できた.

 


Figure 6  Change in sensitivity of SC electrode over time in microbial treatment tank. Reprinted with permission from Reference 8. Copyright 2024 Bunseki Kagaku.

 

おわりに

以上,本稿ではユーザーメンテナンス負荷低減を目的としたpH電極について述べた.TiO2の光触媒を利用したSC電極は,TiO2光触媒がpHガラス電極に適用可能であり,その基本性能は現行電極と比較して遜色ない性能であった.また生活排水微生物処理槽や返送汚泥槽といった,有機物汚れで連続測定が困難な現場での実装試験では,防汚効果によって一定期間でのメンテナンスフリー化を実現した.その中でも微生物処理では,槽最大で約16倍(1カ月に1回のメンテナンスが16カ月に1回のメンテナンス頻度)の洗浄や校正周期延長が可能であった.これらの成果は,ユーザーのメンテナンス負荷を大幅に低減する結果であり,工業界へ大きな貢献をするものと思われる.ただし著者らが開発した電極は,有機汚れの現場で適用できるものであり,無機汚れの防汚などpH電極としての課題が多数残っている.一般にpH電極は完成されたものと思われているが,著者らは,まだpH電極の可能性を信じており,ユーザーに喜ばれるようなpH電極の製品開発に挑戦していきたいと考えている.

 

謝辞

本研究の遂行にあたりご指導いただきました金子聡教授(三重大),橋本忠範教授(三重大)をはじめとする諸先生方,そして支援いただいた弊社関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

 

参考文献

[1] 西尾友志, 室賀樹興, 橋本忠範, 石原篤, EICA 環 境システム計測制御学会, 23, 2/3, 69(2018)
[2] Y. Nishio, T. Muroga, T. Hashimoto, A. Ishihara: ISA Analysis Division, 2-(2), (2018)
[3] 西尾友志, 分析化学, 69, 7/8, 385(2020)
[4] 木下隆将, 伊東裕一, 西尾友志, 室賀樹興, EICA 環境システム計測制御学会, 25, 2/3, 59 (2020)
[5] 西尾友志, 高味拓永, 橋本忠範, 石原篤, EICA 環境システム計測制御学会, 26, 2/3, 107 (2021)
[6] 西尾友志, 橋本忠範, 月刊「計装」, 64, 9 (2021)
[7] 西尾友志, 高味拓永, 橋本忠範, 石原篤, 日本下水道研究会,8,895(2023)
[8] 西尾友志, 高味拓永, 橋本忠範, 石原篤,分析化学, 73, 4/5, 171(2024)

 

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