物体から放射される赤外線の量は、大きくはその物体の材質や表面状態(凸凹など)に依存します。
放射率を説明する上で「黒体」という概念があります。「黒体」はその表面に入射するあらゆる波長を吸収し、反射も透過もしない理想の物体です。一方、現実の物体では多少なりとも、反射、透過があります。
そこで、黒体を基準とした理想的な全放射エネルギーWと物体が放射するエネルギーW’との比率を算出します。この比率を放射率といい、通常εで表します。
放射率は測定物体に関わる固有の定数で、理想的な黒体を1、完全反射体を0をする0~1の値で定義づけられています。
ところで、物体表面に放射エネルギーが入射すると、そのエネルギーは物体に吸収されるか(吸収率α)、表面で反射されるか(反射率ρ)、あるいは物体を透過するか(透過率τ)に分かれます。しかし、分かれたエネルギーは増えることも減ることもありませんので、入射したエネルギーを1とすると次の関係が成立します。
また、ドイツの物理学者キルヒホッフは、放射エネルギーを吸収しやすい物体は同時に放射しやすいという現象に注目し、放射率と吸収率は等しいという法則を発見しました(キルヒホッフの法則)。
たとえば、光沢のある金属では、ほとんどが反射率90%以上です。
したがって、反射率はρ=0.9となり、また光は透過しないので透過率τ=0ですので、
となります。鏡面光沢金属の放射率は一般にこのように低いのです。
一般に、物質の放射率は熱エネルギーとして放射される赤外線の波長域によって異なりますが、このことを専門的には「物質が分光特性を持っている」と言います。放射温度計が利用している測定波長範囲によっては、被測定物の分光特性や測定環境のガスの影響(ガスの分光特性によるものです)で測定できない場合があります。そこで、代表的な例として金属、ガラス、プラスチックおよびその他の物質についてそれぞれの放射特性(放射率)の概要を説明します。
一般的に金属表面は、酸化の程度によって放射率が大きく異なります。また、金属の放射率も分光特性をもっているため、測定温度範囲によって放射率(実効放射率)が異なります。金属表面の温度を測定する場合、その温度で検出可能な、できるだけ短い波長を利用した放射温度計を用いた方が、放射率の変化に 対する誤差を小さく押さえることが可能です。
「温度と測定波長範囲」で述べた理由で、低温物体の温度測定では、長波長域の放射温度計が使用されますが、一般に金属の放射率は長波長側では低いため、反射光の影響が大きく測定には十分な注意を要します。特に、低温の光沢金属面を放射温度計測する場合は、あらかじめ放射率がわかっている塗料を塗るか、テープを表面に貼り付けて測定することが行われています。
一般に、ガラスは2μm以下の短波長域では高い透過率を持ちますが、3~4μmでは半透明であり、5~8μmまたはそれ以上の赤外線波長域では、ほとんど不透明です(不透明であるほど放射率は高い)。したがって、ガラス表面の低温域での測定は5μm以上の測定波長範囲の放射温度計を使用して精度良く測定することができます。
射出成形品や押し出し成型品など、板またはブロック状のプラスチックは、ポリエチレン・ポリプロピレンなど一部の材質を除けば、放射率が比較的高く安定しているため、放射温度計測での測定が精度良く行えます。しかし、プラスチックも薄手のシートやフィルム状の場合は、ガラスと同様に、特定の波長で部分的には透明体であるため、温度測定には特定の波長が使われることがあります。プラスチックは種類が多く、成分によっても分光特性が異なるので、波長の選択および放射率の設定には注意を要します。
塗料は、低温域では放射率が高く、分光特性もほぼ平坦で、放射温度計則に適しています。低温域での放射温度計測が難しい金属も、表面が塗装されていれば、精度良く測定を行うことができます。
また、紙なども同様ですが、一般的に、動植物は放射率が高く、分光特性も平坦で、放射温度計による温度計測を精度良く行うことができます。
最後に、容器に入った水やオイルなども放射率が高く放射温度計測は可能ですが、金属表面の油膜となると、油種に関わらず膜厚によっては放射率がかなり低くなりますので、注意が必要です。
放射温度計で温度を測定する際には、あらかじめこの値を調べ、放射温度計に放射率補正値の設定を行っておく必要があります。放射率は文献や実測によって求めます。ここでは、放射率の求め方とそのとき注意すべき点について説明します。
放射率の求め方のひとつは、文献に物理定数として記載されている放射率を調べる方法です。
このとき、その放射率を測定したときの測定条件(測定時の物体の温度、表面状態、波長など)に注意して、これから測定する温度測定条件と合致するものを選ぶことが重要です。表1に、放射率の文献値の例を示します。
測定部分の近くに熱電対、サーミスタ、金属抵抗体などの接触式温度センサーを置いて被測定物を加熱し、接触式温度センサーと放射温度計の指示値が等しくなるように放射率設定値を調整します。こうして得られた放射率をこの被測定物の放射率とします。このとき以下の点に注意してください。
黒体スプレーを利用して、放射率を求める手順は以下の通りです。
黒体テープを貼る場合も、同様の手順で放射率を求めることができます。このとき以下の点に注意してください。
表1 放射率の例
Emissivity:真鍋 隆(赤外線技術 第9号(1984) P68~82)より抜粋
被測定物からの放射エネルギーの量と温度の関係は直線関係ではないため、たとえば放射率の設定を5%間違えても、温度測定値の誤差も5%というわけではありません。放射率設定誤差が測定値に与える影響は、放射温度計が利用している赤外線の波長や対象物の温度によって異なります。
物質の放射率をε、放射率設定値をε0とすると、放射率設定誤差Eは次の式で表されます。
E(%)=(ε0/ε-1.00)×100
下表に、放射特性の式から求めた、各対象物温度における放射率設定誤差と温度測定誤差の関係の表を示します。
表2 各対象物温度における放射率設定誤差と温度測定誤差の関係
上段 : 放射率として高すぎる値を設定した場合の温度測定誤差( ℃)
下段 : 放射率として低すぎる値を設定した場合の温度測定誤差( ℃)
たとえば、放射率が0.90、温度が300℃の物体を、誤って放射率0.95と設定して放射温度計で測定した場合、放射率設定誤差は5%となり、表より-9.3℃が得られます。つまり、このとき放射温度計は291℃を表示することがわかります(3%の誤差)。この放射温度計の測定精度が1%であっても、放射率設定誤差が大きければ、それ以上の誤差を生じてしまうのです。