分光エリプソメトリー(Spectroscopic Ellipsometry: SE)は、入射光と反射光の偏光の変化量を波長ごとに測定し、得られた測定データをもとに光学モデルを作成、フィッティング計算をすることにより薄膜の膜厚(\(d\))および光学定数(屈折率\(n\)、消衰係数 \(k\))を非破壊、非接触で求める分析手法です。非常に高精度、高感度なため、サンプル表面のラフネスや界面の状態など、バルクや薄膜に関する多くの情報を得ることが可能です。この分析手法を用いる装置を分光エリプソメーター(Spectroscopic Ellipsometer)といいます。
白色光を直線偏光にして斜めからサンプルに照射すると、その反射光は一般に楕円偏光に変わります。分光エリプソメトリーはサンプル構造を反映した偏光状態の変化を、光の波長ごとに検出します(図1)。
入射光と反射光の偏光状態の変化(フレネル振幅反射係数比:\(\rho\))は振幅比\(\tan\Psi(\lambda)\) と位相差\(\Delta(\lambda)\)として表され、\(\Psi(\lambda) \) & \(\Delta(\lambda)\)が分光エリプソメータの測定データとして得られます。この \(\Psi(\lambda) \) & \(\Delta(\lambda)\) をエリプソメトリー角といいます。 \(\Psi(\lambda) \) & \(\Delta(\lambda)\) の値は、波長\((\lambda)\)、入射角度\((\varphi)\)、膜厚\((d)\)、屈折率\((n)\)、消衰係数\((k)\)等のパラメータに依存します。薄膜の\(d\), \(n\)&\(k\)を求める際は基板の \(n\)&\(k\) と各層の\(d\), \(n\)&\(k\) を仮定し、光学モデルを作成してシミュレーション計算を行い、得られたシミュレーションデータ(\(\Psi M(\lambda)\) &\(\Delta M(\lambda)\))を測定データ(\(\Psi E(\lambda)\) & \(\Delta E(\lambda)\))にフィッティング計算させることにより、\(d\), \(n\)&\(k\) が得られます。
分光エリプソメトリーはサンプル表面で光を反射させる方法のほかに、光を透過させて偏光状態の変化を測定する方法もありますが、一般的に行われる分光エリプソメトリーは反射による測定がほとんどですので、本文では反射による分光エリプソメトリーを前提として説明します。
図2に分光エリプソメトリーでわかることを示します。分光エリプソメトリーでは、バルクの光学定数、表面粗さ、薄膜の膜厚、光学定数( \(n\)&\(k\) )のほか、薄膜材料の物質特性として、界面状態、結晶性、組成、光学バンドギャップ、光学異方性、電気特性(抵抗率、移動度、キャリア密度)や深さ方向の均一性など多くの情報を求めることができます。さらに、固体に限らず、液体の光学定数や液中における液体―固体界面などの評価も可能です。
分光エリプソメトリーは光を使った分析手法で非破壊・非接触で測定できることから、研究開発の用途のみならず、工場での製品や品質の管理目的にも使われています。
薄膜の厚みを評価する手法にはいくつかの種類があります。代表的なものを表1にまとめました。以下にそれぞれの特徴を説明します。
(a) 電子顕微鏡を用いた断面観察による評価
走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM), 透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)などの電子顕微鏡を使い、断面観察を行うことで薄膜の膜厚を求めることができます。この方法では高倍率でサンプル断面を観察でき、画像を見て膜厚が求められる、あらゆる種類の膜に適応する事ができるという長所がありますが、一方で断面出しをするためにサンプルを破壊する、導電性を持たせるために蒸着しなければならないなどの前処理が必要になるという短所があります。また観察範囲がμmオーダーであり、他の分析手法と比較して非常に狭くなっています。
(b) 触針式段差計による評価
触針式段差計は先の尖った針で表面をなぞり、段差の大きさを測定する装置です。これを使い、薄膜が成膜されている部分とされていない部分の段差を測定することで、薄膜の膜厚を求めることが可能になります。一方で基板との段差を測定する事により膜厚を測るため、全面的に成膜されたサンプルは段差が無いため測定できず、品質管理の用途には向いていません。また針でなぞるため、有機材料のような軟らかいサンプルは表面が削られ、膜厚が薄くでることがあります。
(c) 深さ方向の元素分析プロファイル測定による評価
二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry: SIMS)やグロー放電発光分光法(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy: GD-OES)はスパッタリングをしながら、深さ方向に元素分布の分析を行う手法であり、膜厚測定は元素分布を定量化することによって可能になります。ただし膜厚を求めるにはスパッタリングレートを知る必要があり、その確認のために同じ材質で膜厚が既知であるサンプルを測定する必要があります。またスパッタリングを行うため破壊測定になります。
(d) 分光反射式膜厚計による評価
分光反射式膜厚計(光干渉式膜厚計)は垂直方向から光を照射して、入射光と反射光の強度比(反射率)\(R\)を測定し、測定データに見られる干渉の間隔から膜厚を求める装置です。装置構成が簡単、測定が速い、スポットが絞れる、非破壊・非接触で測定できるというメリットがあります。しかし、測定パラメータは反射率1つであるため薄膜の屈折率が既知でなければなりません。また、測定データに干渉が見られない10nm以下の非常に薄いサンプルは、膜厚を求めることは困難です。さらに反射強度が弱い、表面ラフネスが大きいサンプルは測定することが難しくなります。
(e) 分光エリプソメトリーによる評価
分光エリプソメトリーは偏光状態の変化を測定し、サンプル構造を表した光学モデルを作成して、シミュレーションデータを測定データにフィッティング計算をすることにより、非破壊・非接触で膜厚と光学定数(屈折率と消衰係数)を測定する分析手法です。反射強度に依存しない波長ごとの振幅比\(\tan\Psi(\lambda)\)と位相差\(\Delta(\lambda)\)の2つの測定パラメータが得られることから、未知の材料でも膜厚と光学定数が一度に求められ、数\(Å\)の膜厚でも測定できるという特徴があります。また反射強度が弱い、表面ラフネスが大きいサンプルでも(粗さが測定波長の数分の1以下であれば)測定可能です。ただし、膜厚と光学定数を求めるにはモデリングという方法が必要になります。モデリングを正確に行うには基板の光学定数、各層の膜厚と光学定数をサンプル情報に基づいて仮定する必要があります。
表1:膜厚測定方法の比較
膜厚測定方法 | メリット | デメリット |
(a)電子顕微鏡による断面観察 |
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(b)触針式段差計 |
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(c)深さ方向元素分析プロファイル測定 |
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(d)分光反射式膜厚計 |
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(e)分光エリプソメトリー |
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私たちの身の回りにある光は、電気的、磁気的な性質を持つ電磁波の一種であることが、マクスウェルによって示されております。屈折率はこの光(電磁波)が物質中を伝わる速さを表す値です。屈折率は以下の式で定義されます。
ここで\(c\)と\(v\)はそれぞれ、真空中、物質中の光の速度です。屈折率が大きい材料ほど物質中での光の速度が遅くなります。空気中の光の速度は真空中とほとんど変わらず屈折率は1.0003であり、およそ1と表すことが出来ます。光が真空(空気)から物質に侵入した場合、図3で示すように光の波長\(\lambda\)は\(\lambda/n\)と変化します。
物質に吸収がある場合は屈折率nを複素屈折率\(N\)として、虚数部に吸収を表す消衰係数\(k\) を導入し、以下のように表します。
ここで\(N\)の実数部\(n\)と虚数部\(k\)を光学定数とも言います。\(n(\lambda)\)と\(k(\lambda)\)は波長あるいはエネルギーによって値が異なります。
吸収が無い物質(\(k=0\))の場合、物質内で光の振幅は変わりませんが(図3)、吸収がある物質(\(k>0\))の場合、図4で示すように光の振幅は物質内で減衰していきます。
物質内の吸収による光の強度の変化は、以下のベールの法則によって示されます。
\(I\)と\(I_0\)はそれぞれ、物質中、空気中の光の強度、\(\alpha\)は吸収係数、\(x\)は物質の表面からの距離になります。ここで\(\alpha_x=1\)となる\(x\)の位置、すなわち \(\alpha\)の逆数\((^1/_\alpha)\) は光の侵入深さと言います。また吸収係数 \(\alpha\)と消衰係数kの間には、以下の関係があります。
吸収係数 \(\alpha\)を求める手法としてよく用いられているのが、吸収率より計算する方法です。物質に光を照射すると、光は透過、反射、吸収の3つに分かれます。入射光強度に対する透過、反射、吸収への光強度の割合を透過率\(T\)、反射率\(R\) 、吸収率\(A\) といい、以下の関係が成り立ちます。
この吸収率\(A\) より吸収係数 \(\alpha\)が計算されます。
この方法は主にガラスなどの透明材料や、吸収があっても十分薄い(半透明)バルクサンプルで用いられています。しかし、測定波長範囲において完全に不透明なバルクサンプル(金属やSiウェハなど)では光が吸収されてしまうため、透過率測定から吸収係数を求めることはできません。
一方で薄膜サンプルの場合は薄膜で吸収される光の量が非常に少ないため、透過率測定から吸収係数を計算することは難しいです。分光エリプソメトリーは反射による測定、膜の最表面に特に敏感なため、このような薄膜サンプルの吸収係数を求めるのに望ましい装置だと言えます。
サンプルの表面に光を照射すると、反射光の強さは屈折率によって変わります。例えば、金属やSiウェハなどの屈折率が大きい材料は、表面からの反射光の強度は高くなり、ガラスなどの屈折率が低い材料は、反射光強度が小さくなります。垂直方向から光を照射したときの反射率\(R\)と、複素屈折率\(N\)の間には以下の関係があります。
ここで\(N_0\)と\(N_1\)はそれぞれ、周辺媒質、材料の複素屈折率です。ほとんどの場合、周辺媒質は空気であり\(N_0\)の屈折率\(n\)は1、消衰係数\(k\)は0となりますので、式(7)は以下の式に展開できます。
ここで\(n\)は材料の屈折率、\(k\)は材料の消衰係数です。また、\(k=0\)の場合は以下の式になります。
このように、材料の屈折率はサンプル表面、あるいは界面での光(電磁波)の挙動に大きな影響を与えます。
誘電率は物質に外部から電場を与えたときに、物質中の原子がどのように応答するかを表す値であり、物質の電気的特性を示します。誘電率と屈折率の間には関係があることから、物質に光(電磁波)を照射すれば、誘電応答により屈折率がわかります。電磁波全般として考えると、屈折率は以下の式で表されます。
ここで、\(\varepsilon\)と\(\varepsilon_0\)はそれぞれ、物質中、真空中の誘電率、\(\mu\)と\(\mu_0\)はそれぞれ、物質中、真空中の透磁率です。通常、分光エリプソメトリーで測定する近赤外~可視~紫外の波長においては、\(\mu\)の値は\(\mu_0\)とほぼ一致するので、この波長領域では屈折率\(n\)は以下の式になります。
誘電率も屈折率と同様、物質に吸収がある場合、複素誘電関数\(E\)として表すことができます。このとき、複素屈折率\(N\)との関係は以下のようになります。
式(12)は以下の式で表すこともできます。
ここでε1は複素誘電関数の実数部、\(\varepsilon_1\)は虚数部です。\(\varepsilon_1\)、\(\varepsilon_2\)と屈折率\(n\)、消衰係数\(k\)は以下の関係を持ちます。
またk=0の場合、 \(\varepsilon_1\) 、\(\varepsilon_2\)と屈折率\(n\)は以下の関係となります。
太陽や蛍光灯などの光は、360度あらゆる方向に振動しています。これに対し、特定の方向に振動している光を偏光といいます。偏光状態は電場の直行する2つの成分の振幅と位相差によって決まり、図4のとおり3つの種類があります。
(a) 直線偏光
光(電磁波)の2つの成分\(E_x\), \(E_y\))の振幅と位相が一致すると、光は常に同じ方向に振動します。この状態を直線偏光と言います。
(b)円偏光
2つの成分の振幅が一致し、位相が90度ずれている場合、光の振動方向は時間が経過すると、規則的に回転します(図4(b)ベクトルの先端は円の軌跡を描きます)。この状態を円偏光と言います。
(c)楕円偏光
2つの成分の振幅と位相がともにずれている場合、光の振動方向は時間が経過すると、楕円形状に回転(回転しながら振幅も変化)します(図4(c)ベクトルの先端は楕円の軌跡を描きます)。この状態を楕円偏光と言います。