一般論として、どのような分析方法についても言えることですが、性質のよく似た原子の間あるいはそれらのイオンの間では、共存した場合に目的原子、あるいはイオンの測定値に影響を与えることがあります。
イオン選択性電極を用いる分析法(以下、イオン電極法)においてもこの例にもれず、目的イオンと性質のよく似たイオンが共存した場合、多かれ少なかれ測定値に影響を与えます。
これらを目的イオンに対する「妨害イオン」と呼び、その妨害の強さを選択係数(あるいは選択係数の逆数にほぼ対応する共存許容限界値)であらわします。この章の「イオン電極とは」のページで述べたように、pH応答ガラス電極は水素イオン(H+)電極と解釈できます。共存イオンの影響をほとんど受けないpH応答ガラス電極ですが、pH測定の応用-強酸性・強塩基性の水溶液測定」のページでpHが12を超えるサンプルの場合、多少の誤差(「アルカリ誤差」と言う)を生じると述べました。このアルカリ誤差とは、pH応答ガラス電極がH+イオン以外のアルカリ金属イオン(Na+、K+イオンなど)の影響を少し受けることを意味します。
ここで周期律表を思い出してください。周期律表では、性質のよく似た元素が縦方向に並んでいます。たとえば、1価の陽イオンになりやすいアルカリ金属としては、Li、Na、K…が、2価の陽イオンになりやすいアルカリ土類金属としては、Mg、Ca…が、1価の陰イオンになりやすいハロゲン元素としては、F、Cl、Br、I…があります。また、1価あるいは2価の陽イオンになりやすいCu、Ag、Cd、Pbも周期律表の上下方向の比較的近い位置にあります。
イオン電極法では、これらの集団の中での相互の影響に特に注意を払うことが必要です。
さらに共存イオンの影響は、イオン応答膜の構成物質、特に応答物質と共存イオンの反応性からもある程度予想することができます。たとえば固体膜電極の場合、イオン応答膜の成分の構成物質と難溶性の化合物を作ったり、錯塩形成のおそれのある共存イオンは大きな影響を与える可能性があります。また液体膜電極の場合、イオン応答膜中の成分とイオン会合体を作るおそれのある共存イオンは、影響を与える可能性が大きいと言えます。
カリウムイオン電極は、種々の共存イオンによって影響を受けます。この影響の度合いを選択係数であらわすと、次式のKであらわされます。
ここでaK+がカリウムイオン濃度でaxが妨害イオン濃度です。したがって、Kの値が小さいほど妨害が小さいことになります。主な妨害イオンの選択係数を次の表に示します。ここで注意したいのは、カリウムイオン濃度により選択係数は変わるということです。表の値は10-3mol/L K+の値です。カリウムイオン濃度が増えれば、妨害の程度は少なくなります。
妨害イオン | 選択係数 |
---|---|
Rb+ | 1×10-1 |
Mg2+ | 1×10-5 |
NH4+ | 7×10-3 |
Ca2+ | 7×10-7 |
Cs+ | 4×10-3 |
Na+ | 3×10-4 |
pH2~9(10-3mol/L K+において)
Nicolsky-Eisenmanの式によって選択係数が定義される。
ここで、aℓは目的イオンi以外のイオンの活量、Aイオンを測定目的とするセンサーに対するBイオンの影響を示す値であり、この値が小さいほど目的のイオンに対する選択性がよいことになります。
電気化学便覧 第4版、p.209、(社)電気化学協会、(1985)、丸善.
選択係数とは測定対象イオンに対する共存イオンの影響の割合をあらわしたものです。たとえばナトリウムイオンに対するカリウムイオンの選択係数は1×10-2となっており、もし測定対象のナトリウムイオンと共存イオンのカリウムイオンが同じ濃度含まれた場合、約1×10-2(1%)高くナトリウムイオンの測定値が表示されます。
以上からも明らかなように、実務上は目的イオンの濃度と妨害イオンの濃度の比率が大変重要です。目的イオンの濃度が高ければ妨害イオンの影響は少なく、逆に目的イオンの濃度が低ければ妨害イオンの影響は大きくなることが理解されます。
また、イオン電極には使用可能なpH範囲があります。この使用可能なpH範囲は「イオン電極自体が水素イオン(H+)、あるいは水酸イオン(OH-)の影響を受けない範囲」と「目的イオンがイオンとして存在する範囲」で定まります。たとえば、金属イオンは程度の差こそあれアルカリ性領域では水酸化物を形成してフリーのイオンではなくなる傾向があります。実際上は一定濃度(たとえば
10-3mol/Lまたは10-4mol/Lなど)の目的イオンの標準液のpHを酸性~アルカリ性に変化させて実測され、pHが変化してもイオン電極の起電力が変化しないpH範囲がカタログなどに示されています。当社では、イオン電極のカタログなどにおいて妨害イオンについては知りうる範囲で選択係数または共存許容限界で示しています。
次ページ イオン測定の応用